こんにちは
今日も風強いね〜〜〜
結構な吹きぶりです
なんかね、、、
時々ふっと思うんだ
私が釣りに行くと言ったら
「え?何釣り???釣りなんかするの???」
なんて言われた時。
磯釣りと言ってまたもやビックリ呆れ顔をされた時・・・。
なんでみんなしないにょ???
っと逆に聞き返したくなりますな
いや〜聞き返しちゃうんだけど
結局みんな、
汚ちゃない
臭い
魚がかかるまで待てないから暇
の3拍子
あのぅ
汚ちゃなくないょ
汚ちゃなくしなきゃ汚ちゃなくない
餌によっては臭いかもしれないけど
今じゃ疑似餌だって満載よ
しかもコマセはとっても良いにおい
(きっとこれは好きな人のみ)
は???魚が掛かるまで待つ???
待つ暇なんて無いわよ〜
魚が掛かるまで試行錯誤しっぱなしなんだから忙しいのょ
なんて・・・
そんなママのアツイ想いを共感できる友達は・・・
釣りで出会った友達のみの訳で(´>∀<`)ゝ
今から釣りを始めようってお友達はいないわな・・・
そこで、
なぜママは、周りの女性が抵抗あることに抵抗が全くないのか
ママって
男???Σ(|||▽||| )
いや〜女です
で、それはママの育った環境も関係あるのかなっと言う結論
ママの実家。
ママが巣立つまでずっと
代々真珠の貝(アコヤ貝)の養殖をしておりました
ママが生まれて間もなくまでは核入れもしてたようですが
ママの記憶に残るのは
小指の爪の先ほどの貝の赤ちゃん(稚貝)を買って
大きく育てて出荷する一連のみ
大変な仕事でね、
貝の付着物を削ったり、ひっつきあった貝たちをばらしたり
一つ一つの貝の重さを計って、サイズに分けて網入れして
それを沖筏に吊るしてさ
翌日の掃除の分を持って帰って
湾内筏に吊るすのよ
赤潮が入ると湾内筏は使えないから沖の筏まで貝たちを異動させたり
やれ塩水じゃ〜やれ出荷じゃ〜
なんとも忙しいの
ママは小さいころから作業場で遊んでて
みんなの仕事を手伝ったり、筏でハゲの子どもを掬って遊んだり
大きな網の中にクロ貝踏み割ったの大量に入れてギザメ(べら)とって遊んだり
いや〜今思うと只の殺生丸ですが・・・
小学校も高学年になると
じいちゃんに付いていって沖仕事も手伝ってたな
じいちゃんはいつも
「後継ぎは心配せんでも大丈夫やの〜」
って私の頭撫ででくれて
そんなじいちゃんがとっても大好きで
どんなに作業で汚れたじいちゃんでも抱きついてたほど
臭いって感じた事なかったんだよな〜
じいちゃんもそんな私を喜ばせようと
沖にタコ壺仕掛けてくれたりカニかご入れてくれてたり
そして一緒に上げに連れて行ってくれてたんだ〜
入ってるとめちゃくちゃ嬉しくてね
筏の掃除する時も、掃除しだすとたくさん魚が寄ってくるんだ〜
その魚の名前を1匹1匹教えてくれて
「この魚はホゴと似ちょるけど棘に毒がある」とか
「この魚はチヌちゅうて臭いけぇ食べん」とか
「この魚はタカイオちゅうけど、う○こたべるけぇこっちんしは食わん」とか
タカイオって・・・グレです
昔はね、船からお尻出して用をたしてたんですって
その排便物に一番に群がるのがタカイオだったそうな
その姿を見てる地元の人たちは好んで食べなかったそうです
今じゃトイレも水洗だし、浄化されてるから食べたりってないんでしょうが
じいちゃんの世代はトイレはぼっとんですし
海の仕事だから、どこの筏もトイレ完備でしたもん
海直通の
じいちゃんに教えてもらったこと沢山あるな〜
一緒にいた時間が長かったから
色んな昔話や、色んな植物の育て方きいたな
ママの原点って
おじいちゃんにあるのかもしれない
じいちゃんみたいに立派な人間じゃないけど
ママは愚痴ばっかり言っちゃうけど
ママに今、釣りと言う趣味を与えてくれたのは
おじいちゃんだ
キス釣りに初めて言ってゴカイを付ける時も
フカセ釣りに初めて連れて行ってもらった時も
汚ちゃないとか臭いとか全く思わなかったのは
おじいちゃんのお陰だ
私の育った環境だ
ママ
あの家に生まれて
あの家族の中で育ててもらって
幸せだったな
そしてこうして
今も幸せでいれる
釣りと言う趣味がある限り
きっとママは幸せでいれるんだ
家族に
そしてご先祖様に感謝
こんど実家に帰ったら
お墓参りいってこよっと
そして、近くに居なくても一緒に釣りの話が出来る同性の友達がいることも
とっても幸せに思う
共通の趣味を持つ友達って
距離なんて関係ないね
会う頻度も関係ない
いつ会っても話が弾むんだもん
はぁ〜
ホントに幸せだ
たそがれちゃってるよこのおばちゃん
そんなこんなで
この長文
失礼いたしました
沢山の釣り人が、いつまでも楽しく幸せに釣りができますように
沢山の友達に出会えますように
FROM:じいちゃんの孫の浜っ子ママ
見に来てくれてありがとう